3大発明 火薬 ルネサンス時代のテクノロジー

3大発明 火薬 01

タイトル画像提供: PIXABAY
ズドン!ドカーン!硝石、木炭、硫黄を混ぜ、火をつけて燃焼反応によって高い熱と圧力を生みだす 3大発明 火薬 (英名:gunpowder)。

戦争の歴史でも欠かすことのできないものとして、発明されてからずっと使い続けられている技術でもあります。

今回は火薬の起源と、ヨーロッパにもたらされた後の発展とその影響について紹介しようと思います。

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起源

三大発明の例にもれず、最初の火薬は中国で発明されています。そして、すぐさま武器に応用されました。

よく使われたものが手投げ弾のような武器で、火薬を入れた玉に導火線をつけた構造をしていました。

敵陣に投げ込んで使われたこの武器は、内部に破片を混ぜ込むなどの凶悪な工夫がなされていました。

蒙古襲来として、元が日本に攻め入ったときに使用した話は、歴史の授業でもよく聞く話ではないでしょうか。

他にも、竹槍の先に火薬を仕込み、火炎放射器のように使った武器が存在しました。

ヨーロッパで使われた最初の火器

火薬がどのようにしてヨーロッパに伝わり、誰が改良したかについて確定する証拠は見つかっていません。

最古の記録では1280年のイギリス人のロジャー・ベーコンである説や、1300年のドイツ人のベルトルト・シュワルツである説がありますが、確実に兵器として登場するのは、1326年に使われた記録です。

ヨーロッパで最初に記録に登場する火器は、壷のような形をした大砲で、矢を飛ばしてたことが分かっています。命中精度は悪く、音による威嚇程度にしか役に立ちませんでした。

しかし、火薬の燃焼による爆発エネルギーが、飛び道具として有効であると分かると、次々に新しい兵器が生み出されていきました。

初期の大砲はよく暴発した

もともと火薬は危険な代物ですが、その爆発を利用する大砲も当然危険なものでした。

当時は高品質な鉄を作れなかったことから、耐久性に劣る砲身で発射せざるを得ませんでした。

なので、大砲そのものが爆発に耐え切れず暴発することがよくありました。

敵の城に向けて大砲を準備して、「そのきれいな城壁をフっ飛ばしてやる。」と意気込んで着火すると、自分がフっ飛んでいたことになります。

これは手持ちの砲でも同じで、当時はとても扱いにくく危険な代物だったことでしょう。

大型砲の発展

3大発明 火薬 02画像提供: PIXABAY

15世紀初頭には、巨大な石の玉を飛ばすボンバルダと呼ばれる臼砲が登場します。これは青銅を鋳造して造られており、砲身がとても短い構造になっていました。

発射するときは、砲に角度をつけて石弾を放物線状に投射しました。小さな標的を狙うことはできませんでしたが、相手の城や街を狙うのであれば、十分な精度でした。

また臼砲とは逆に弾は小さく、砲身が長いものもつくられました。砲身は分割して製造され、戦場ではこれを組み立てた上で、補強として金属の箍を使っていました。

これは弾道が直線に近いもので、狙い撃つことに向いていたようです。

特に長砲身の大砲は、技術の進歩でより頑丈で軽くなり、車輪を装備して機動性を持つものが普及するようになり、

カルヴァリン砲やファルコネット砲など、私たちが大砲と連想するようなものが生まれることになります。

小型砲の発展

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手持ち砲のもとは、中国の元王朝で発明されていました。「もののけ姫」の序盤で使っていたアレです。

構造は、ただの筒に長い持ち手がついたシンプルなもので、ちびた箒のような形をしていました。

着火はタッチホールと呼ばれる方式で撃っていました。これは熱した鉄棒などの熱源を火口(筒の根元に開けられた穴)に押し当て、発射するものでした。

ヨーロッパの小型砲

14世紀にはヨーロッパにも手持ち砲が伝わり、使用されるようになりました。

命中精度は低く、持ちながら撃ったというよりも、物に引っ掛けて固定してから撃つという、大型砲とあまり変わらない運用をしていました。

馬に乗った騎士が、これを持って突撃している絵があるのですが、ものすごく使いづらかったと思います。

ただでさえ命中精度が低いのに、動く馬に乗って当たる訳・・・ないです。

続いて銃床を備えたものが登場しました。手で触れる部分は木製になり、持ち抱えて撃つことを考えた造りに進化していました。

しかし、まだまだ形が洗練されておらず、タッチホールなのは相変わらずで、一人で扱うのは難があったことでしょう。

火縄銃の完成

さらに改良され、銃床は片手で握れる形に改良され、クロスボウの機構から発展した引き金と、火縄を持ったものが登場します。

これらの改良によって、両手で抱え、狙い、引き金を引くという運用が確立し、火縄銃が完成します。

この火縄銃はマスケットと呼ばれ、ルネサンス時代に兵士の正式装備となります。

このマスケットが登場したのは15世紀といわれていますから、100年以上も試行錯誤を繰り返していたことになります。

ただ機能は完成しましたが、製造に手間と費用がかかり、他の飛び道具であるクロスボウや、弓のシェアを完全に奪うところまではいかなかったようです。

ヨーロッパへの影響

火薬は飛び道具の発展だけでななく、ヨーロッパのさまざまな部分を変化させました。

戦場

中世の陸軍で最強の戦力は、騎士でした。彼らは甲冑に身を包み、武器も強力で、馬による機動力があるため、攻・守・走の整った優れた存在でした。今で言う戦車のようなものでしょうか。

鉄砲は、最初騎士相手には役立ちませんでしたが、改良されていき、騎士の鎧を打ち抜くようになります。

銃の運用方法も進歩し、歩兵が騎士に対抗できるようになりました。

また、大砲は今までの攻城兵器と比べてはるかに強力で、城の価値を大きく下げることになりました。

政治権力

ヨーロッパの王は、封建制度によって領主(騎士)に土地を与えなければなりませんでした。騎士は見返りに、戦争のときに兵力を提供しました。

王にとって財力も兵力もある騎士は、頼もしい味方であると同時に、自分を脅かす存在でもありました。王と騎士の距離は近かったのです。

しかし、銃と大砲を扱える兵士がいれば、騎士に頼らなくても戦争をすることができ、騎士なんか怖くないもん状態になります。

こうして火砲の発達は、封建制度を終わらせる原因のひとつとなり、絶対王政常備軍がヨーロッパのスタンダードとなったのです。

海軍

大砲が洗練されていくと同時に、ヨーロッパでは大航海時代に入っており、造船できる船も大きく、頑丈なものになっていきました。

構造が丈夫であれば、発射したときの衝撃を受け止められるので、次第に大砲を船に積むようになっていきました。

大型の船体に強力な火砲を装備した軍艦が開発されると、ヨーロッパの海軍は、世界で最も強力なものになりました。

そうしてルネサンス時代以降、ヨーロッパ勢力が世界中の文明に影響を与えるきっかけとなったのです。

おわりに

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火薬が普及したことによって戦場は激変し、ヨーロッパは世界でも最強の軍事国家群へと変貌しました。

その技術をよく使う文明があれば、運用するノウハウが蓄積し、また新たな技術が生まれるということでしょうか。

それでは、よい旅を。



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